6月4日 --Seattle、すばらしく楽観的な街--


航空関係の場所に惹かれるのは私の特性のようだ。ガイドブックで航空博物館を見つけた とき、次の日Seattleの北にあるBoeingの工場見学をする予定だったにもかかわらず、 すぐに行ってみようと決めた。I-5号北行きを151番入り口から入って158番出口で 降りた。そしてMarginal Way Southを北に向かった。約15分でそこに着いた。その博物館 はBoeing Field King County International AirportとBoeing社の隣にあった。 私はガイドツアーに参加した。彼は飛行機の創世記から近代の戦闘機まで説明した。 最も興味を引かれたのはチェコ共和国からのMiG-21PFMだった。本物のMiGを見たのは 初めてだった。そして、私は初めてMiGが戦闘機の設計者の名前MikoyanとGurevichの 略であることを知った。MiGの横にはPhantom-IIが置いてあった。冷戦を象徴する 二機の展示だ。その他にもBlue Angelsで使用されていたDouglas A-4F Sky hawkや Lockeed M-21 BlackBirdなどが展示されてあった。展示場の横には赤い壁の納屋が あった。これがBoeing社の最初の工場だ。Seattleはいい港を持っているので、多くの 造船所があった。Boeingは小さな造船所を買い取り、船の代わりに飛行機を造り始めた のだ。これは非常に賢い方法だと思う、というのも船と飛行機では似ている点が 多いからだ。今やBoeing社は最も大きな飛行機メーカーである。この会社が どうやってここまで大きくなったかはまだわからない。

博物館で昼食を食べた後、私はSeattleのダウンタウンに行った。日曜日だったので 中心部でも楽に駐車場を見つけることができた。そこは、赤い煉瓦に囲まれた 歴史的で美しい街だった。しかしこのダウンタウンは1889年6月6日に起こった 大火事(the Great Fire)で燃えた昔のダウンタウンの上に造られているのだ。 Seattleの海抜はほとんどゼロなので昔のダウンタウンは水に関する多くの問題が あった。だから大火事の後、彼らは新しい街を2階に造ろうと決めたのだ。 私はThe Forgotten City Which Lies Beneath Seattle's Modern Streetsをめぐる 地下ツアーに参加した。煉瓦造りの地下の通りを歩きながら私はSeattleの人の 偉大な楽観主義に感動した。彼らはひどい大惨事の良い点を見事に生かしたのだ。 そしてもっとすごいのはSeattleの人たちがこのプロジェクトを完成したことだ。 私は自分の目で1997年の阪神淡路大震災を見、大惨事の後でさえ復興計画に関して 住民の意見を一致させるのがどれほど大変か知った。だからSeattleの人たちの 精神には本当に感動した。

ツアーのあと、私はChittenden Locksへ行った。これはLake Unionの水位を調節するために Salmon Bayに設けられた水門だ。水門には行き来するクルーザーやヨットがたくさんあり、 非常に混雑していた。私は何回か水門の操作を見た。船に乗っている人はみんな楽しそうで、 私もいつかあんなすばらしいヨットがほしいと思った。 その後、私はGolden Garden Parkへ行き、湾を見た。そう、私は西海岸に戻ってきたのだ。 明日、私はOlympicナショナルパークを通り抜け、太平洋を見るのだ。

ならんで展示されているMiG-21とF-4

赤い納屋、Boeing社の最初の工場

Seattleの美しいダウンタウン

The Forgotten City Which Lies Beneath Seattle's Modern Streets

操作中の水門


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