6月1日 --Salt Lake City、Great Salt LakeそしてSalt Desert--


始めにやらなくてはいけないのは、Jeepから聞こえる奇怪な音を無くすことだった。 私はモーテルをチェックアウトした後、ボンネットの中をチェックし始めた。 全て問題なく見えたのでエンジンをかけた。音は鳴らなかった。ということは エンジンがさめている間は音が鳴らないということだ。音の種類とこの症状から 判断して、どこかゴム管の接合部から空気かガスが漏れているものだと思った。 しかしそれがどこからなのかまるで見当が付かないので、Chrysler Jeep のディーラーに行くことにした。

道の途中で州都とビジターセンターに立ち寄った。センターの女の人はSalt Lake City の見所をたくさん示してくれたが、私は今そんな気にはなれなかった。 私は州都の写真を撮り、道に戻った。ディーラーの位置はあらかじめ電話帳で 調べていたので、容易に行くことができた。私はガレージに入っていき、状況を説明した。 店の人は明日まで車を預けるように言ったので、私は状況を説明してすぐにチェックを するようにお願いした。運がいいことに彼は官僚的な人間でなかった。一人の メカニックが私のJeepのところまで来てチェックし始めた。まず、彼はトランスミッションの 冷却水パイプを曲げた、というのもそれがエンジンの回転している部分に当たっていた からだ。しかし、音はなくならなかった。すると彼は全てのゴム管の接合部を さわりだした。すぐに彼は悪いところを探し当てた。彼はゴムの接合部を直し、 ひゅーひゅー言う音は消え去った。運がいいことにこれは大したトラブルではなかった。 私はいくら払えばいいか聞いたが、メカニックはお金はいらないと言った。

正常な音がする車を運転するのがどれだけ気持ちのいいものだろうか。私はダウンタウン まで戻ってTemple Squareの近くに車を停めた。ここがSalt Lake Cityで唯一見たいと思った 所だ。中に入ると一人のシスターが話しかけてきて、日本人ガイドの無料ツアーが あると言った。私はツアーガイドをしてもらうことにした。ガイドは日本からボランティアで 来ているシスターだった。はじめは一人だったが、すぐにもう一人加わった。なんという ツアーだろう。一人相手に二人のツアーガイド。もちろん彼女たちはモルモン教のことを もっともっと知ってもらうためにこのツアーガイドをやっているのだ。しかしこのおかげで たくさんの話を聞くことができた。最初ここに定着したパイオニアたちは150人だったとか、 このSalt Lake Templeを作るのに40年かかったとか、奇跡的にやってきたカモメがコオロギを やっつけたおかげで農作物を収穫することができたとか、それが理由で州の鳥がカモメで あるとか、などなど。

言うまでもなくここを宗教とモルモン教の話をせずに通り過ぎることはできなかった。 私は神の存在、天国の存在、家族について等々いろいろ議論した。私は楽しく話をして、 そのおかげで私の人生観を形成するのに役立つ考えが浮かんだ。ここでその考えを まとめておこう。以下が私が今感じるところだ。これらの偉大な建造物やこの街を 見ると、宗教の力を賞賛しないわけにはいかない。しかし私自身は宗教を信じて生きていく 気にはなれない。一つの理由は神の存在だ。私は神の存在は決して信じることができない。 もちろん、私はときどき何かとてつもない力が私をある道筋へ導いているような感覚を 持つことがある。これは運命、もしくは私の言葉で言うところの「流れ」なのだが、 私はこの「流れ」でさえ人間の思考が創り出した創造物にすぎないということを 認識しなくてはいけないと思う。全てのことはある確率で起こっているのである。 そして、一連のランダムな出来事を関連づけて一つのパターンを創っていくのは 人間の脳の特性だろう。だから「流れ」もランダムな星の位置から形成された 星座みたいなものである。この考えに基づくに、万物の創造主としての神も人間が 自然界の出来事を理解しやすく、説明しやすくするために創造されたイメージであると 言える。私は神という概念を否定するつもりはない。なぜならそれは人々が 世の中のことを理解する助けになるからだ。しかし私は神が単なる想像にすぎない という認識持っておこうと思う。

私が受け入れることができないもう一つの物は天国や輪廻、輪廻転生、命の再来等々 の存在だ。人は死ぬと何も考えることができないし、何も感じることもできないし、 何も見ることもできない。これが現実だ。しかしこの現実は受け入れるにはあまりに 残酷なので人々はこれを考えなくてもすむようなもう一つの虚像を作ったのだ。 これが天国だ。ここでも私はこの概念を否定するつもりはない。なぜならこの 考えによって多くの人々を救うことができ、多くの人の痛みを取り除くことが できるからだ。でもやっぱり私はこの考えも不安を感じずに生きるための 一つの方法論であるという認識をもっていようと思う。

私は祈りや瞑想を否定するつもりはない。これは現実のものだ。この行為によって人は 精神的に安定になり、自分の力を効率よく発揮することができる。とにかく私に言わせると 宗教は人が安心して幸せに、なにも不安を持たずに生きるための一手段である。 だからもし人が現実をありのままに受け入れることができ、この現実を内包しながら 幸せに生きるすべを知っているならば、その人に宗教は必要ない。これが私の考えだ。

次へ行く時間が来た。私は長い時間Temple Squareにいたので急がなくてはならなかった。 次に行くところはGreat Salt Lakeだ。次はSeattleを目指して走るので、私は北に向かって 走りたかった。私はI-15号に入り、Salt Lake Cityから一時間のところにある Willard Bay State Parkに行った。私はJeepを停めて湖畔に行った。私は決してきれいだとは 言えない水を舐めてみた。しょっぱくない!私はもう一度舐めてみたが、やはり塩水の味では なかった。私はがっくりした。写真を何枚か撮って公園を後にした。入り口のゲートで 人に「ここはGreat Salt Lakeではないのですか?」と聞いた。彼は「ちがうよ。」と答えた。 私は彼が何を言っているのかわからなかった。地図を見るとWillard Bayは確かに Great Salt Lakeの一部だ。しかしこの湾の水は淡水だ。彼は湖の南側に行くといいと 言った。

すでに15:00だった。私は予定よりだいぶ遅れていた。しかも私はすでに40マイルも 北へ来ていた。しかし私は止まって南に行けないか考えた。私は湖の北側を行く I-84号を西へ行く予定だった。もし私が南に行くと、I-80を走らなくてはならない。 地図を見ると、I-80とI-84をつないでいるハイウエーがNevada州内に走っているのに 気づいた。そこで、私は南下してGreat Salt Lakeを味見することに決めた。 I-80までの道はひどい渋滞だった。I-80号にたどり着いたのは17:00頃だった。

Utah州の州都

Temple Squareを案内してくれたシスター

Salt Lake寺院

Willard Bayは淡水だった

Great Salt Lakeの南部

巨大な塩の砂漠

I-80号を西に少し走ると、湖畔に着いた。今度は塩水の香りがする。これで納得するに 十分なのだが、やはり味見をすることにした。またもや水はきれいだとは言えなかったが、 今度は塩辛かった。これこそGreat Salt Lakeだ。塩水に満足して私はI-80号を西に 走った。はじめのうちはハイウエーの両脇に巨大な塩田があった。また精製工場や 巨大な塩の山もあった。しかしちょっとすると巨大な塩の砂漠が現れた。I-80号を 通ったのだ大正解だった。私はNewfoundland Evaporation Basinと呼ばれる巨大な 白い砂漠を見ることができた。これはGreat Salt lake砂漠の一部だ。ここへ来て 私はなぜWillard Bayが淡水だったのか理解した。そこは湖に水が注ぎ込まれる入り口 なのだ。そして水の出口はこの湿地なのだ。だから塩の濃度には濃度差による塩分の 拡散と水の流れによるドリフトとの釣り合いで決まる一定の勾配がつくのだ。だから 入り口では濃度がほとんどゼロで、出口ではほとんど100%であるというのは至極 自然なことなのだ。I-80号沿いにはこの塩の砂漠に面したレストエリアがあった。 私は車を停め、塩を少しとった。塩を結晶化していてとてもきれいだった。

Nevadaの州境を越えると道は急になった。ひたすら登って登った。私はJeepの調子が 心配になったが、Jeepはよく走った。私はWellsという町でUS-93北行きに入った。 暗くなってきて私はとても疲れた。長いドライブの末、23:00に私はIdaho州Twin Fallsに 着いた。ここで長い一日の終わりを告げた。


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