5月26日 --復活--


今日は私のJeepを取りに行く日だ。わたしはDenverにあるホテル(モーテルではなく ホテル!)を7:15に出て、Greyhoundのバスターミナルまで歩いた。 Denverからは非常に多くの行き先のバスが出ていて、ターミナルにはたくさんの 旅行者がいた。私はI-70号をKansas CityとSt. Louisを経由してNashvilleまで行く バスに乗った。バスの中は心なしか汗くさかった。私は隣の空いた席を探したが、 なかったのでしかたなくAlabamaまで行く中年のおじさんの横に座った。 Chicago行きのバスがキャンセルされたので、バスは満員だった。 バスは定刻より30分遅れて出発した。

Flaglerまでは2時間半くらいかかった。幸い、運転手はFlaglerがどこか知っていた。 そしてM & M Repairまでも簡単に行けた。修理工場に近づいていきながら全てが うまくいっていることを願った。そして、私はガレージの外に出してあるJeepを見て 安心した。そう、修理が完了しているのだ。私は支払いを済ませMarcにお礼を言った。 そして、彼の父であるMikeにもよろしく伝えてもらうようお願いした。そう、彼の お父さんが私のJeepを4/29にここまで牽引してきたのだ。

エンジンをかけるときにはさすがに興奮した。それ!今、私のJeepは復活した! 私はゆっくりとI-70号に入っていき、Limonを目指して西に走った。エンジンは 新品で、Marcもプロだと言うことは頭でわかっていても、70 MPH以上スピードを出す 気にならなかった。そして、ちょっとしたノイズや振動がこの前のトラブルを 思い出させた。私は音楽を聴く気にならなかったので、音楽なしで走った。 私には自分のJeepに慣れるのにまだ時間が必要だった。そして、ステートハイウエー 71号を北へ行くというプランは、運試しのようなものだった。しかし私は 行かなくてはならなかった。これが私の行く道なのだ。 私は2車線の細い道に入り、65 MPHをキープしながら慎重に走った。一時間後、 何事もなくI-76号に着いた。私はI-76号を超え、US-6号を東に行った。 すぐに私はSterlingに着き、そこでガソリンスタンドに寄った。 給油後、私はエンジンオイルと他の点検箇所を点検した。全てOKだった。 私は音楽をかけガソリンスタンドを出た。

今日は行く道沿いにずっと鉄道が走っていた。そして、それは非常に混んでいた。 私は非常にたくさんの列車が走っているのを見た。私はUS-138号を東に入ったが まだ鉄道があった。ここらあたりの鉄道はまるで格子状に走っているようだ。 US-138号で踏み切り待ちをした。列車は100台を超える長い貨物列車だった。 すぐに私はステートハイウエー113号に入り、I-80号沿いの町Sidneyに向かった。 私はNebraskaの州境を越え、I-80号を越えた。Sidneyで私はUS-385号を北に入った。 私の横には依然鉄道が走っており、しかも前より混雑しているようだ。 彼らはどうやら石炭を運んでいるようだ。AllianceというUS-385号沿いの町で 私は大きな鉄道のターミナルを見つけた。私はガソリンスタンドに寄り、店のおばちゃん に列車のことを聞いた。彼女は列車はWyomingからの石炭を運んでいると教えてくれた。 そしてAllianceはそのジャンクションになっているらしい。私はWyomingに炭田がある とは知らなかった。好奇心を満たされ、私は心地よく北に走った。

長い道のりだったが、私のJeepはよく走った。 私はSouth Dakotaの州境を越えた。低い雲が出ていたのだが、雲は地平線のあたりで とぎれていた。そして雲は裏にある太陽に照らされて金色に輝いていた。 私はJeepを停め、太陽が地平線と雲の間に入ってくるのを待った。太陽が入ると ダークグリーンと灰色の領域に挟まれた金色のすじがとても美しかった。

私はSouth DakotaのHot Springsという町に着いた。モーテルにチェックインした。 トラブルなくここに着いたことに感謝した。

I-70号を行くGreyhoundのハイウエーバス

私のJeepは私を待っていた

ステートハイウエー71号沿いには何もない

踏切待ち

ダークグレーと灰色に挟まれた夕日


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