5月13日 --PhiladelphiaとNew York--


私はどうやらステートラインマニアになってしまったようだ。ステートラインを通る 度にその州のwelcome signを撮らずにはいられないのだ。しかし、これはNew England ではいささかやっかいである。

今朝、私は目覚ましに気づかず、この旅行ではじめて寝坊をしてしまった。9:44に目が さめたので、まだチェックアウト時間までは少しあった。シャワーを浴び、朝食を とって、11:00にモーテルを出た。はじめはI-95号に乗ったが、Delawareの州境の直前 で降りた。I-95号は車が多いのでステートラインで車を止めることができないと 思ったからだ。私はステートハイウエー279号に乗り、ステートラインを越えた。 もちろんwelcome signを撮るのを忘れなかった。この道は非常に遅かったが、 Delaware州があまりに小さいので、あまり気にならなかった。 私はすぐにWilmingtonに入った。 ここもウォーターフロントの美しい町だった。赤煉瓦の建物が目立った。私は US-13号に乗り換えたが、この道も依然として流れが遅いのでPennsylvaniaの州境で 十分止まることができそうだった。道路は工業地帯に入っていき、そこら中にタンクや パイプラインがあった。私は州境まで来たが、期待していたwelcome signは見当たら なかった。引き返すとDelawareのwelcome signはあった。しかし、そこで後ろを見ても Penssylvaniaの看板は見当たらなかった。 私はあきらめてI-95号に戻った。I-95号沿いには看板があったので、車を止めて 写真を撮った。

Philadelphiaは美しい町で見所も多い。しかし、ここで観光に時間をとることは できなかった。まず、私はAAAへ行きNew Yorkの地図とトラベラーズチェックを手に 入れなければならなかった。AAAに着くと、オフィスは閉まっていた。そうだ、土曜日 だったのだ。私は車に戻り、ダウンタウンのメインストリートであるMarket Street 沿いに車を走らせた。ウォーターフロントまで行こうと車を走らせていると歴史的な 風格のある大きな建物が目の前に現れた。市役所だった。通りはこの建物の周りを 迂回して走っていた。通りから見た建物は非常に美しかったが、交通量があまりに多い ので、あまり好きになれない通りだった。私は右折してSouth Streetまで走った。 この通り沿いには多くの店やレストランがあった。私はウォーターフロントに車を 止め、この通りを歩くことにした。時刻は14:00頃だったので昼食を食べたくなった。 私はイタリアンレストランに入った。昼食にはちょっと高級すぎたが満足だった。

おいしい昼食とCafe Latteに満足して、私はハンドルを握った。I-95号に戻るとひどい 渋滞に巻き込まれた。次の出口で逃げるまで30分以上かかった。私は川を渡り New Jerseyに入ることにした。今度も私はwelcome signを撮るために比較的小さな 道を選んだ。選んだ道はあまりにややこしくて、危うく迷うところだった。 同じようなところを何度か回った後、私はTocony-Palmyra橋という小さな橋にたどり 着いた。ステートハイウエー73号上だった。でも、今度は容易に看板を見つけることが できた。

私はステートハイウエー73号をNew Jersey Turnpikeまで走り続けた。Turnpikeに着き、 乗ろうとしたとき、再び道に迷ってしまった。私は入り口の周りを何度も周り、 ようやくTurnpikeに入ることができた。一定速度で運行して、少しは気が楽になった。 New Yorkの南部まで1時間ほどで着いた。ここへ来て、私はビッグアップルに入る 「正しい道」を選ばなくてはならなかった。しかし、New Yorkへ入る道は無数にあり、 そこから、最適な道を選ぶのは無理だった。私はステートラインの直前で再び ハイウエーを降りた。ステートハイウエー440号に乗り、New York州のStaten Island に入った。私は橋を渡ってNew York州に入ったのに、welcome signを見つけることが できなかった。今度は有料道路なので引き返して、再挑戦することはできなかった。 私は北に走り、New Jersey州のLiberty State Parkを目指した。ここで、再び道に 迷ってしまった。小さな島の中でもがき、ようやくJersey Cityに入る橋の入り口を 見つけた。Liberty State Parkまでは長い道のりだったが、とうとう到着した。 私はローラーブレードを履き、水際まで走り、自由の女神の背中を撮った。

さて、再び道を選ばなくてはならない。私はHolland Tunnelに入ることにした。しかし ここでも再び道に迷ってしまった。今度は本当にぐるぐるぐるぐる回った。まずUS-1&9 号を東に走ったが、知らぬ内にUS-7号にはじき出されていて、再度US-1&9号に戻ったが 今度は西向きであることに気づき、UターンをしてUS-1&9号を走り続けたがHolland Tunnelの入り口を逃してしまい、仕方がないから北に走りLincoln Tunnelを目指した。 ようやくManhattanに入ることができたが、どこに放り出されたのかわからない 状態だった。私はしばらく直進し、現在位置を確認した。そしてseventh avenueを 南に折れた。すると、こんどはカーチェイスが始まった。イエローキャブの編隊に 追いかけられ、私は「ゴー!ゴー!」と叫びながら車を飛ばした。ついに私はManhattan の先端にあるBattery Parkに抜ける道を見つけた。時計はすでに20:00を指しており、 Manhattanは薄い霧に包まれていた。自由の女神が遙か霧の彼方に見え、ワールド トレードセンターも霧に包まれていた。私はこのひどい場所を抜け出すことにした。 あたりを少し回って今度は無事Brooklyn Tunnelに入った。私はJFK空港まで走り 高価なモーテルにチェックインした。

結局New York州ではwelcome signを見つけることができなかった。これで2回目である 一度目はWashington D.C.だ。どうも大都市は忙しすぎて旅行者を迎える余裕さえ ないようである。あと、一言いわせてもらおう。「Manhattanを車で走る無かれ。」

Delawareの看板

ついにこの看板を見つけた!

PhiladelphiaのSouth Street

New Jerseyの看板

自由の女神の背中

霧に包まれた自由の女神

霧に突き刺さったワールドトレードセンター


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