5月10日 --CharlestonからRaleighへ--


今まで、この旅行に関し多くのアドバイスや招待を受けた。UCSBの私の将来の教授は アパラチア山脈を走るBlue Ridge Highwayがいいと教えてくれたし、North Carolina State University (NCSU)の友達は家に招待してくれた。そういう訳で私はもともとの 計画を変更した。私はWilmingtonまで海岸沿いを走り、その後、North Carolina州の 州都Raleighに向けて、北西に進路をとることにした。その後そのままBlue Ridge Highwayに入り、Washington D.C.まで走るというわけだ。

空母YORKTOWN

朝、もう一度Charlestonに寄ってみた。昨日、歴史を漂わせた町並みを堪能したの だが、朝日に映し出された町並みも見たかったのだ。期待通り、古い建築の建物は 朝日に照らされ、カラフルな壁も、赤いレンガも、とがった尖塔も全て美しかった。 ローラーブレードで町を回った後、私はNorth Charlestonへ行った。Patriots Pointと いう海軍、海洋博物館に行きたかったからだ。そこにはYorktownという空母が係留 してあり、その中が博物館になっているのだ。私は入場券を買いYorktownの中へ 入った。中はとても広く、8つものツアーコースが設定してあった。私はそのうちの いくつかを歩き、船室の中、機関室、展示室を見て回った。私は展示の中に、戦艦大和 の話を見つけた。なんと、Yorktownは戦艦大和を沈めるのに貢献したと書いてあった のだ。日本人としてこういう話を聞くのは非常につらかった。当然、ファシズムは 良くないのだが、日本、いや日本の技術に勝ったという話を聞かされると、苦い思い をせずにはいられなかった。 また、私は展示してある戦闘機の胴体に小さな日章旗が何個も書いてあるのに気づいた 時にも同じ思いを抱いた。私は甲板に上がり、そしてブリッジへと向かった。 空母は実に大きく美しかった。しかし、その歴史的背景を考えると複雑な気持ちで いっぱいだった。

私はハンドルの前に座り、歴史から現実に戻ろうとした。Wilmingtonまで海岸沿いの US-17号を走った。しかし、この道からは大西洋を見ることができなかった。 見えるのは森と町だけだった。退屈な運転の後、私は州境を越え、Wilmingtonに 入った。WilmingtonもCharlestonと同じように歴史のある町で、戦艦も同じように 係留してあった。私は通りに車を止め、カフェラッテを買い、ウォーターフロントで 休憩をした。その後I-40号をRaleighに向け走った。この道も眠気を誘うほど退屈で あった。そしてついに私はRaleighに着き、友人に電話をかけ、夕食を楽しんだ。

Charlestonの美しい建築

甲板に展示してある戦闘機

North Carolina州の看板

NCSUにいる友人Peerasak


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