4月30日 --Kansasで再び車が止まる--


昨日、高走行距離の古い車を見たときいやな予感がしたのだが、それが現実に なってしまった。昨晩はひどい雷雨だった。曇り空の下、私はGoodlandのモーテルを 8:18に去り、I-70号をゆっくりと走り始めた。この新しい相棒には全くクレジット ヒストリーが無いので、スピードを控えめにして走った。このとき、クレジット ヒストリーが何を意味するのか、それがどれだけ重要か、そしてどうやって蓄積 されていくのかを身にしみて感じた。Jeepの場合、なんの心配もなくスピードを 出せたのだが、それは、十分なクレジットヒストリーがあったからである。 心配しながら運転するのは拷問に近かった。そして私はGrand Canyonを 登っているときに感じたのと同じ思いで車を走らせていた。昨日、私は新たな 行程を立て直し、今日はSaint Louisまで行くことになっていた。しかし、それは ここから500か600マイルも離れていた。 私は運転しながら「一歩ずつ、一歩ずつ」と言い聞かせた。一時間後、 私は妙にガソリンスタンドに立ち寄りたくなった。おそらく心配しすぎて 疲れてしまったのだろう。私はランプに車を走らせた。 ちょうどランプのストップサイン のところに来たときに、車が止まり、二度と動かなくなってしまった。またもや 車が壊れてしまったのだ。私は車をガソリンスタンドまで押し始めた。水温は急激に 上がり、ボンネットの中から湯気がもうもうと上がってきた。一人の男が車を 押すのを手伝ってくれた。彼は車を押し終わると、何もいわずに去ってしまった。 トランスミッションからオイルがしたたり落ちているのに気づいた。 このせいで車が全然進まなかったのだろう。

Mikeが教えてくれたとおり、私はレンタカーの持ち主であるEdwinに電話をした。 彼はいろいろと準備をするのに30分くらい必要だと言ったので、30分後に また電話をした。彼にできるのは、私をこの車がつぶれたOakleyの町から90マイル 離れたHaysという町まで連れて行くことだけだと言った。Haysには空港があり、 AVISレンタカーがあるというのだ。しかし、運が悪いことに、 ここのAVISは日曜日開いていないそうだ。もしこの方法を採れば、私は明日まで 待たなければならない。私はとりあえず電話を切り、彼が来るのを待った。 私にはどうするべきか考える時間が十分あった。私はAVISに電話をし、Haysで今日 車を借りられるかどうか尋ねたが、答えはノーであった。そしてひどいことに 月曜日の車も予約でいっぱいだった。信頼できる車を手に入れるにはDenverまで 戻るしか手がないようであった。私はフルサイズの車をDenver国際空港で 今晩ピックアップできるよう予約を入れた。Edが彼の奥さんと一緒に来たときには、 私は彼に荷物を安全に保管する場所を提供してもらい、バス停まで送ってもらう よう頼むだけでよかった。Edと奥さんは年を取っていたがとっても優しかった。 彼は私をバス停まで連れて行って、バスの発車時刻を調べ、彼の店まで連れて行って 荷物を下ろし、そしてレストランに連れて行き、ランチまでごちそうしてくれた、 もっともかれはランチの事をディナーと呼んでいたが。 Edは、MikeとEdが無二の親友であると話してくれた。私は「類は友を呼ぶ」という ことわざを思い出さずにはいられなかった。そして、この「類」は良いものであるに 違いないと思った。ランチのあと、彼はバス停近くに下ろしてくれた。私は彼と彼の 奥さんにお礼を言った。私はお金では買えない貴重な経験をしたと思った。

新しい相棒はたった200マイルしか走らなかった

私はバス停となっているガソリンスタンドの横のハンバーガーショップに入った。 バスを待っている間、私はパソコンを使って旅程を組み直していた。私は バス停に行くようにといわれていた時間の直前にそれを終えた。チケットカウンター まで歩いていき、Denverまでのチケットを頼んだ。すると、カウンターの向こうの 男は次のバスが4:00だと言った。私は17:50にバスがあるはずだと言うと、彼はその バスはすでに出たといった。私は何が起こっているのかわからなかった。すると 男は「ここではcentral timeを使ってるんだよ」と言った。ああ、時間帯が違うのだ。 ここKansasではColorado時間よりも一時間早いcentral timeを使っているのだ。 なんて事だ!私はバスに乗り遅れてしまった! 私はDenverまで連れて行ってくれる人を捜そうと決めた。 私が乗せていってくれる人を捜していると、男の人が近づいてきて、ここでそんな ことをしてはいけないと警告した。サービスエリアでヒッチハイクをするのは 禁止されているらしい。私はちょっと場所を変え、再び探し始めた。私にはそれ以外 道が無かったのだ。私はColoradoナンバーの車を見つけた。が、ドライバーは見あたら なかった。私は他の車を当たってみた。ちょっとしてまたColoradoナンバーの車の ところに戻ってくると、3人の男がちょうど車に乗ろうとしていた。私は彼らに駆け寄り Denverまで行くか尋ねた。ドライバーはDenverには行かないがLimonには行くと言った。 LimonでもここよりはDenverに近い。私は彼らにLimonでいいから乗せていってくれと 頼んだ。彼らは顔を見合わせて、ドライバーの男はyesと言った。 なんてラッキーなんだ。 私は車に乗り込み、西に向かった。 一時間もすると我々は打ち解けてきた。車の持ち主はBillと言い、他の2人はJoshとMike と言った。Billは気が変わったらしく、私をI-70号沿いのDenver国際空港に近い モーテルまで送ってくれた。私はモーテルにチェックインし、フリーシャトルに 乗ってレンタカーを借りるために空港へ行った。私はAVISに予約をしていた。 カウンターへ行き、車を頼んだ。受付の人はとても親切で私に低走行距離のスポーツ ユーティリティーを手配してくれた。しかし、彼が私のクレジットカードをスライド すると、カードは受け付けられなかった。私のカードは$1,500が限度で、レンタカーを 一ヶ月借りるにはそれ以上かかるのであった。そして、彼は一度カードを拒否されると 二度と手続きができないと説明した。彼は私に謝り、他のレンタカー会社を当たって みるよう言った。私はNational Rental Carのカウンターへ行った。受付はここでも 親切で、こんどは裏技を使って車を工面してくれた。とにかく、これで車を手に入れる 事ができた。そして何より良いのはこの車がほとんど新品でたった8300マイルしか 走っていないと言うことである。

私はモーテルに戻り、ベッドに入った。ベッドの中でなぜこれらの災難が起こったか 考えていた。ふと私は以前にDenverの悪口を書いたからではないかと思った。 迷信か何かのように思うかも知れないが、私はここで、Denverの良いところを 書いた方がいいと思う。そう、Denverにはたくさんのレンタカー会社があり、 信頼できる車を手に入れることができる。ともあれ、これらの災難のおかげで 私は多くの人の優しさに触れることができた。私が助けを求めた人はみんな親切 だった。感謝感謝である。

Denverまで連れて行ってくれた野郎たち


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