4月24日 --Phoenixから再開--


旅を再開する時がきた。日本で家族と過ごした時間はすばらしかった。 もちろん、家族と過ごすのはいつもうれしいものだが。 まあ、これは私のプライベートな事なので、これ以上深入りするのはよそう。

今回は、成田から飛んだ。私は伊丹から成田へのフライトに 乗るために朝4:00に起きなければならなかった。そして 次のフライトまで9:00から16:00まで待たなければならなかった。 ようやく、飛行機に乗り、私は太平洋を渡った。その後、San Franciscoから シャトル便に乗り、Phoenixに着いたのは同じ日のまだ14:00だった。 長い一日だ。私はときどき、「忙しすぎて24時間じゃあ足りない。 一日25時間必要だ。」なんて事を耳にする。でも一日32時間を求めるのは やめた方がいいだろう。

Phoenixの空港で私はシャトルバスを乗り間違え、Jeepが止めてある 場所にはたどり着けなかった。空港の東側を一周した後、私は乗ったのと 同じ場所でバスを降りた。その辺の人に聞くと、次のバスを待つより、歩いた方が 早いとのことだった。Cherokeeは私が近づくのをずっと見ていたようだ。 ところで、私は「Ski Harbor Airport」というPhoenix空港の名前が とても気に入った。おそらくArizona州の人たちは港がとても恋しいのだろう。 彼らには椰子の木はあっても、港はないのだから。そして、私も水が とても恋しくなった。Phoenixは暑く、33度(華氏92度)だった。 私は荷物を車に積み、ボンネットを開けてエンジンルームをチェックし、 タイヤの空気圧をチェックした。私は空気圧が異様に高いのに気づいた。 きっと熱のせいだ。19日にPhoenixへ向けて運転している途中でタイヤがあまり グリップしていないのと感じたのはこのせいだろう。私はタイヤから少し空気を 抜いた。エンジンをかけ、インターステート17号を北上した。私は熱から 逃げるように走ったが、日没まで暑さは去らなかった。

私はステートハイウエー179号に乗り換えた。赤い岩を横に見ながら Oak Creek Canyonの中を走った。すばらしく美しい道だった。 私はTuba Cityまで行くつもりだったが、Tuba Cityより大きな Flagstaffで停まることにした。運転し続けられないくらい疲れていたのだ。 やはり、一日32時間は求めるものじゃない。

赤い岩

Oak Creek Canyon

Oak Creek Canyon


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